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2021.02.07

写真家・大森克己の愛聴盤4選「コロナ禍はピアノを聴きたくなる」

写真家の大森克己。『すべては初めて起こる』『サルサ・ガムテープ』などの写真集を発刊し数々の個展も実施、また『BRUTUS』『dancyu』などの雑誌でも活躍する大森はクラシック音楽愛好者だ。フランスのロックバンド「マノネグラ」のラテンアアメリカツアーを撮影し、キャノン写真新世紀ロバート・フランク賞を受賞。またYUKIやサニーデイ・サービスらのポップミュージシャンのポートレートも手掛けており音を巡る写真を撮り続けている。クラシック音楽界では長岡京室内アンサンブルを撮影・取材した記事を自ら執筆も。そんな彼に愛聴するピアノ曲を聴いた。選曲は以下の通り。

・モーツァルト「ジーグK574」(Mozart : Piano Sonatas / Andreas Staier、harmoniamundi)
・シューべルト「シューベルティアーデ」(SCHUBERTIADE NACHTMUSIK / Orpheon Ensemble, Daniel Reuss Conduct, Jan Vermeulen Pianoforte、Etcetera Records)
・ブラームス「ピアノ三重奏1番(初稿)」(Trio Jean Paul、Ars Musici)
・スクリャービン「ソナタ2番」(Ivo Pogorelich、Gramophon)

ドイツ・オーストリア系作曲家に、最後のスクリャービンが異彩を放つ。これらを選んだ理由にはコロナ禍と密接な関係があった。

撮影:Koki Takezawa

 

 

――ピアノはよく聴くんですか?

実は、本音を言うとピアノ曲で良いと思うのがあまりないんです。クラシック音楽を本格的に聴き始めたのは20年くらい前。チャイコフスキーのバレエ曲がとても良いと思ったのが始まりです。それからルネサンス、バロックの合唱曲が好きになり、だからかリスト、ショパンなどのロマン派ヴィルトゥオーゾ的な曲はぴんと来ないんです。単純にまだ曲と演奏者に出合えていないと思うんですよ。

 

――バロックより更に古いルネサンスとは珍しいですね。

ルネサンス合唱にはまったのは実家がクリスチャンで、子供の頃礼拝でオルガン曲などを聴いていて馴染みやすかった。それと、リチャード・バワーズの小説『われらが歌うとき』の影響も大きいです。ロマン派の、俺の気持ちを聴け!的な曲は、浮世離れ感が中途半端な気がして、どうせならルネサンスの教会音楽くらい浮世離れしてほしいとこがあります(笑)。

でもこのコロナ禍でショパンとかポゴレリッチとか聴いてみました。その話はあとで(笑)。

そんな自分が好きなピアノ曲を選べと言われるとモーツァルトが一番好きなんです。

 

――写真家の若木信吾さん、レコードコレクターの綾部徹之進さんによるラジオ番組「レコードの谷」ではグルダ演奏のモーツァルトのソナタK570を選んでいましたが、今回はジーグですね。

最も好きな曲です。バッハの影響を感じられる後期のソナタはグルダやシフが好きなのですが、ジーグはシュタイアーの演奏にグッときます。

対位法的な構成は、誰の曲か一聴するだけではわかりません。聴くと音の粒子が宇宙のようで、世の中のことなんてどうでもよくなる(笑)。いろんな文脈を超越した、天才中の天才モーツァルトの宇宙を感じるんです。

モーツァルトが凄いのは女性の尻の話と神様の話が同位なんですよね。聖俗が同じ強度で存在しています。

 

――珍しい曲と出合いましたね。

シュタイアーのトルコ行進曲を聴きたくて購入したCDに入っていたんです、宇宙が(笑)。このジーグとK570、K576は似ています。時代から逸脱しているというか。

 

――モーツァルトは短い人生ですが、晩年の方が好みですか?

ピアノだとそうですが、一番好きな曲はオペラなんです、魔笛やコジ・ファン・トゥッテなど。彼のすべてがある。あと形式として室内楽が好きなんですが、10代の頃に作曲された曲も良いですね。

 

――弦楽四重奏はベートーヴェンも名曲揃いですが、彼のピアノ曲は?

しびれる!という演奏がないんですよねえ。まだ好きな演奏に出合えていないんです。モーツァルト、シューベルトは少し出合えていると思います。

 

――このラインアップにベートーヴェンが入っていないのが不思議でした。シューベルトはピアノ独奏曲ではなく、彼が開いていた音楽の夜会、通称シューベルティアーデをセレクトされています。

シューベルティアーデはいろいろプログラムあると思うんで、これはある晩のということでしょう。これはピアノを聴くために買ったのではないんですが、合唱曲からの興味で購入しました。

無伴奏の合唱から始まります。2曲目も無伴奏で、3曲目からピアノ伴奏が入るんです。ロマン派の自己主張としてのピアノではなくて、伴奏として、人間の声との調和感が素晴らしい。

その後、ピアノ独奏、合唱と続いていくんです。シューベルティアーデというのも面白いし、歌い手たちとピアノ伴奏のインティンメイトな関係も面白い。華麗なピアノ独奏とは違った世界ですよね。ピアノが主役じゃないけどピアノが無いと成り立たないというのが良いですね。短いですが、どの曲も素晴らしい。

シューベルティアーデって今だったらDJみたいなもんですよね。シューベルト・バイ・シューベルトじゃないですか。

 

――まさしくです(笑)。

モーツァルトの宇宙感に対して、人間味を感じます。全員男声の重唱、オール・メンズ・プログラムです。志と技術のある大人たちが楽しんでる感じが良い。濃密な男の世界を感じるのですが、今って改めて男の欲望の輪郭について考えなきゃいけない時代だな、と思っているのでそのヒントでもあります。

 

――シューベルトもどちらかというと室内楽が好みですか?

シューベルトは弦楽五重奏D956が一番好きですね。様々な弦楽四重奏、D803の八重奏も良い。古典~ロマン派の作曲家は基本室内楽が好きなんです。ピアノだとシフ、高橋アキのソナタが良かった。

選んだシューベルティアーデとブラームスのピアノ三重奏は印象が似ているんです。メンバーが全員男でインティメイトが雰囲気が(笑)。

ブラームスはシェーンベルクの室内楽版「浄夜」とカップリングなんですが、そのセンスも素晴らしい。それぞれの旋律と楽器の会話にドキドキします。

ブラームスの方がシューベルトより健全な青春を感じます。好きな人がいてその人のために曲を書いて、バンドやろうぜって感じですね(笑)。

 

――ブラームスは初稿を選んでいますね。

初稿は、繰り返しが多くてしつこいんですが、こっちの方が好みです。曲の版というよりもこのトリオがしっくりきます。シューベルトにしろブラームスにしろ室内楽らしい奏者の会話感が音楽って良いな、と感じさせます。

でもこのコロナ禍の緊急事態宣言が引き起こした孤独な状況で、孤独を聴いてみたくなりました。

 

――新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛は気分を変えましたか?

今まで聴かなかった曲を聴いてみたくなりました。ショパンやリストなどヴィルトゥオジティ満載の作曲家はどうなのかと。

スクリャービンは綺麗、独りだなって思ったんですよね。第1楽章の左手の重い和音進行なんて普段だったら夜中に聴けないって思うんですが、2020年4月の最初の自粛の時聴くと、逆にあー今世の中こんな気分だよなって。だからタイミングで出合えるんですよね、未知の音楽って。

 

――ポゴレリッチのスクリャービンは勘で購入したんですか?

台湾人ジャーナリスト焦元溥によるピアニストのインタビュー集『ピアニストが語る』という本があるんですが、それにポゴレリッチが取材されていて、面白かったんです。ポゴレリッチ変わってんなと(笑)。

焦が、ある曲をポゴレリッチの書き込み通り練習したら今まで弾けなかった部分がすらすら弾けるようになったというエピソードがあるんですが、それで興味がわいて聴いてみたくなったんですね。いくつかユーチューブで聴いてみて、コロナ禍で一番心に響いたのがスクリャービンのソナタ2番でしたね。

 

――それは凄い。ポゴレリッチはとにかく遅い演奏です。スクリャービンのこの曲も通常より2~3分時間が掛かっています。でもアゴーギクが利いていて遅さを感じさせません。

ポゴレリッチが2台ピアノの曲を練習していて、あまりにも遅すぎて初め何の曲かわからなかったというエピソードも載っていました。

スクリャービンの2番良いですよねえ。ゆったりとしたロマンティックな1楽章と激しい無窮動の2楽章の差が面白い。15分フルで聴くと結構体力使いますね(笑)。

室内楽と真逆じゃないですか、他の奏者と目を見合わせて呼吸を合わせるなんてない。自分1人の世界。こういう世界は嫌いじゃないんですけど、今まで聴いてきませんでした。コロナ禍じゃなかったら手に取りませんでしたね。出合い方、タイミングなんですよね。今後こんなのばかり聴くようになるかもしれないし。

 

――どうやって新しい曲、演奏を発掘するんですか?

本や映画や、詳しい人からのおススメですね。クラシックというかジャンルに関係なく。情報源は一つじゃない。ただルネサンスから聴いて良かったと思うのは、西洋音楽の歴史というものを意識できます。時系列と地図が分かる。

ジョスカン・デ・プレ、モンテベルディ、バッハと聞いていくと、モーツァルトの凄さや変さの魂への響きが違ってくるように思います。革命前夜の空気感に満ち溢れていて。オペラもピアノも両方面白いですよね。

 

――ピアノは1人でオーケストラが再現できるのが魅力ですね。

単一楽器で全部できるというのがピアノの良い面でも悪い面でもある。右手左手の各指10人一緒にいる。10指が話しているのが凄い演奏だとわかるじゃないですか。

でも1人の演奏は孤独。ピアノを面白く思うようになったのにはコロナが絶対影響がある。自粛の中で自分1人と向き合ったからでしょうか。

 

――2021年2月7日までだった緊急事態宣言が3月7日まで延長が決定しましたね。更に孤独を味わうことになりそうですね(笑)。

取材協力:グレインハウス(東京・恵比寿)

 

大森克己プロフィール

1963年神戸市生まれ。1994年、第3回写真新世紀優秀賞。国内外での写真展や写真集を通じて作品を発表。2013年東京都写真美術館でのグループ展「路上から世界を変えていく」に参加。主な写真集は『サルサ・ガムテープ』(リトルモア)、『encounter』(マッチアンドカンパニー)、『サナヨラ』(愛育社)、『すべては初めて起こる』(マッチアンドカンパニー)など。クラシック音楽にも造詣が深く、特にルネサンス時代の合唱曲の大ファン。2013年、2015年の2回にわたって音楽評論家・湯山玲子主催のイヴェント「爆音で聴くクラシック」にて、ルネサンスから現代にかけての合唱曲を選曲。近刊は『心眼 柳家権太楼』(平凡社)。

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